葬儀とは宗教ではなく習俗
まず最初に結論から言えば、お葬式とは、-習俗-です。
習俗とは、それぞれの民族が持っている習わしですから、意味を問うよりも前にその民族が先祖から踏襲して行われてきているもろもろの風習、たとえば冠婚葬祭などのやりかたなどをいうのでしょう。
ですから、例外を除いてひとつの民族ならだれでもそうするというように、最初から選択の余地の少ないものといえると思います。
それに対して、宗教とは厳しく個人の選択が問われる精神の営為です。
浄土宗の開祖である法然人(1123~1212)は、八万四千もあるといわれる仏教の教えの中から、「南無阿弥陀仏」と称えて阿弥陀仏の救いにあずかる絶対他力の道を選択しました。
その弟子の親鸞人(1173~1262)は、たとえ法然上人にだまされて地獄に堕ちようと後悔はしないと言って、師の浄土の教えを選択して阿弥陀仏に帰依する浄土真宗を打ち立てました。
栄西師(1141~1215)や道元師(1200~1253)は禅の道を選択し、日蓮人(1222~1282)は『法華経』という経典に帰依することを選んでそれぞれが一宗を立て、今日に及んでいることは人々の知るところです。
その一時代前の伝教大師澄(七六七または七六六~八二二)は、中国に渡って天台大師顎(五三八~五九七)の教えを選び、同じ遣唐使船団で入唐した弘法大師海(七七四~八三五)は、密教を選択しておのおの天台宗と真言宗を立宗しました。
そのように、宗教は習俗とは違い、一人ひとりの信仰と思想の選択が重要な要素を持ってきます。
ところが、わが国の宗教の現状を見ると、この習俗を宗教の中にごちや混ぜに入れ込んで、都合のいいところでは宗教の教理を力説し、別の都合によっては習俗を持ち出してきてそれがあたかも宗教であるかのように見せかけ、迷信の粉をまぶして人々を脅して利益を得ているものも少なからずあるような気がします。
特にそれは、「お葬式」という人の死にかかわる場面で多く見かけるように思います。
そこで、わたしは本書でできるだけ宗教と習俗を肺分けし、お葬式の本来の意味を考えるとともに、お葬式の理想の姿というものを追究してみたいと思っています。
お釈迦さまは、「生・老・病・死」という四つのことがらを取り上げ、これらが人間の背負った基本的な苦しみだとして「四苦」と呼びました。
時あたかも、わが国は超高齢化社会を迎え、「老い」を国家レベルで体現しようとしています。
では、その次に来るのは国家レベルの「死」なのでしょうか。
だとすればお葬式も国家レベルで考えていかなければ追いつきそうもない気がしますが、ここではまず、そもそも「死」とはいかなる意味を含んでいるのか、基本に立ち返って考えてみましょう。
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死ぬのは肉体か霊魂か
まず、人は必ず死ぬといいますが、この自明の事実をあえて疑ってみましょう。
人間が死ぬというのは、統計的事実でしかありません。
従来生きてきた人たちはみんな死んだという事実があるだけの話です。
確かに統計的には100パーセントの人間が死んでいます。
でも、もしも一人でも永遠に生きている人が出てきたらどうでしょうか。
科学技術や遺伝子解読がさらに進めば、そういう人が絶対に出てこないなどという保証はどこにもありません。
そうなれば、統計的事実は修正を余儀なくされます。
その意味では、人が死ぬというのは永遠の真理のように思っていますが、よく考えてみれば、今まではそうだったという統計的真実でしかないのです。
では、従来統計的にはなにが死んできたというのでしょう。それは言うまでもなく、-人間の肉体-です。
ですから、人は必ず死ぬという時、その意味は肉体が100パーセント滅びるということをいっていることになります。
肉体の死ならわたしたちもしょっちゅう見ていますし、事実、過去の人はみんな死んでいます。
それでは、人間とは肉体だけでできているのでしょうか。
そういう考え方もあります。
肉体が一切だという思想が出てきたのは、Julian de La Mettrie(一七〇九~一七五一)の「人間機械論」あたりが最初だと思います。
人間は単なる機械でしかない。
肉体を持ったひとつの機械、それが人間で、いわゆる魂などというものは存在しないというようなことを言い出したのが、La Mettrieなどフランスの啓蒙期の思想家たちでした。
しかし、ほんとうにそうなのでしょうか。
人間とは、単に肉体だけでできているものなのでしょうか。
それとも、-霊魂-というような存在が人間の中にあって、それが死ぬのでしょうか。
いや、肉体は死んでも、その霊魂は永遠に生き続けるのかもしれません。
あるいは半分に減ってしまうのかもしれませんし、三〇パーセントまで魂の機能が減少するのかもしれません。
そういうことが、わたしたちには一切わからないわけです。
中にはそれがわかっている人もいます。
神道系の人で、「わたしはちゃんと霊魂が見えます」と言う人と会ったことがあります。
「先生、わたしには霊魂がちゃんと見えますよ。悪い人の霊魂は黒くて善人の霊魂は白いんです。見てあげましょうか」と言われたので、「いや、わたしには不必要です」とお断りしたのですが、霊魂が見えるという人たちはそんなに珍しくはありません。
キリスト教では、-霊・肉二元論-という考え方をとっています。
そこから肉体というのは霊魂の宿る借家みたいなものだという意識が生まれるので、キリスト教圏では臓器移植などにあまり抵抗がないのではないでしょうか。
住人である魂がいなくなったのだから、肉体なんか貸してあげればいいではないかという考え方です。
こういう認識は、日本人とはまったく違うものだと思います。
今の医学書を見ると、死は肉体の死と限定して書かれています。
そういう認識で、「ではお葬式にはどういう意味があるのか」と問われた時、それだけで答えを出そうとすれば、お葬式というのは単に肉体の処理、死体の後始末ということになってしまいます。
しかし、現代の日本人の中でも、ある人々は人間には霊魂もあるのだから、肉体の処理ばかりでなく魂の処理もなされなければならないと考えているはずです。
だからわたしたちは、お葬式には肉体と魂の処理という二つの次元があるということを忘れてはいけないと思います。
死は「ケガレ」と考えた古代日本人
お葬式は、死のケガレを払う儀式だという言い方をされることがあります。
それは一面では正しいといえます。
古代の日本人は、死を-ケガレ-、と考えました。
わたしたちはケガレといわれると、「不潔」と結びつけて考えがちですが、そういう意味ではありません。
古代神道には、-ハレとケ-という考え方があります。
"ケ"は「気」で、元気とか陽気とか陰気とかの「気」です。
わたしたちが日常生活をしているうちに、この気がだんだん滅入ってきたり弱まってきたりします。
気が枯れてくるわけです。
これが「気枯れ」、すなわち "ケガレ" です。
そうすると、リフレッシュしてもう一度気を回復しなければならない。
そこで行われるのがお祭りです。
非日常的なお祭りを行うことによって、日常の中で枯れた気を回復しようというわけです。
これが"ズレ"です。
だからお祭りの時に着る着物を「晴れ着」と呼び、「晴れの門出」などということばもできたのです。
最近の神道学者の中には、これに異論を唱える人たちもおります。
"ケ"とは食物ではないかというのです。
人間はこのケを食べてエネルギーを蓄積していくというわけです。
そしてその食物がなくなってエネルギーが尽きる時、これが「ケカレ」、すなわち "ケガレ"だというのです。
逆に、"ケ"が充満してエネルギーが爆発状態になる時、それが"ズレ"なんだという解釈もあります。
いずれにしても、"ケ"とは人間の中にあるエネルギーのようなもので、それが枯れてくるのが"ケガレ"なのです。
そこから転化して、"ケガレ"は不浄をも表すようになりました。
死が機れという場合には、不浄の概念も含むようになったのです。
神道には「黒不浄」「赤不浄」ということばがありますが、この"黒不浄"は死を意味します。
死体をそう呼ぶわけです。
それから、"赤不浄"は血です。
神さまは血を不浄のものとして嫌うので、月経時の女性は神社に参ってはならないなどという禁忌があるわけです。
出産の出血では機れが家族にも及ぶとして、特に漁業や狩猟、大工、鍛冶職などに従事する人などは妊婦と別居したといいます。
死体が持っている不浄という概念は、現代的な用語で言えばバクテリアというか、ばい菌みたいなものといえます。
人間が死ねばばい菌のような不浄が発生すると考えますから、古代においては、死人が出るとその家全体を燃やしてしまいました。
死人が住んでいた家は不浄になったのだから、その家は焼かなければならないとして焼いてしまったのです。
しかし、やがていちいち全部焼いてしまうのは大変だということになり、死の直前になると死に小屋のようなものを作り、死を待つ人のものをそこに移してその小屋を燃やすようになりました。
その人の使っていた茶碗だとか衣服だとか、そういう日用品のようなものも含めてその小屋に移して焼くようになったのです。
死者が出るたびにいちいち本宅を燃やしていたら大変ですから、別宅というか、物置小屋みたいなものを作って燃やすようになったわけです。
『延喜式』に記されたケガレの伝染
昔の人は、死者が持っているばい菌、つまり機れは必ず死者の肉親や周囲の人たちに伝染すると考えていました。
平安時代の初期に定められた律令の細目である『延喜式』には、この機れがどのように伝染するかが詳しく記されています。
死者というのは怖いもので、機れに伝染した人間をあの世に連れていくのではないかという恐怖心がありますから、この機れの概念を明確に規定して日常生活の指針にしたわけです。
『延喜式』は昔の法律書ですから、機れの概念は、今でいう六法全書ぐらいに細かく規定されていて、それに対する対処法も定められています。
それによると、たとえばA家で人が死んだとすれば、A家の親族は全員が槻れます。
そのA家をB家の人間が訪問し、着座して帰ってきたとします。
すると、その人はA家の機れを家に持ち帰ったことになり、B家の全員に機れは伝染してしまいます。
さて、今度はC家の人間がB家を訪れたとします。
そして着座してC家に帰ると、B家に行った当人には機れが伝染しているのですが、C家の家族には伝染しません。
ところが、B家の人間が逆にC家を訪れて着座すると、C家の全員に機れは伝染してしまいます。
しかし、仮にこうして全員に伝染したC家をD家の人が訪れたとしても、今度はD家の人に機れは伝染しないとされています。
つまり、A家を親元としてB家を子、C家を孫にたとえれば、機れの伝染は、子と孫のところまででとまるということです。